対談 ラストワンタッチを支える住江織物

創業から138年、住江織物が社会に生み出してきた価値とは何か。持続可能性(サスティナビリティ)が全世界のテーマとなっている今、ステークホルダーへの責任を果たすために企業はどうあるべきか──。コモンズ投信(株)創業者兼取締役会長、シブサワ・アンド・カンパニー(株)代表取締役であり、渋沢栄一の玄孫としても知られる渋澤健氏と当社代表取締役社長の永田鉄平が語り合いました。

住江織物が生み出してきた価値とは

渋澤
 住江織物というとまず思い浮かぶのはカーペットですが、実は鉄道やバス、船舶など様々な乗り物の内装材も手がけられている。今日、私は新幹線で東京から来たのですが、車内でも御社のお世話になっていたわけですね。
永田
 ええ、現在では飛行機も含めてほとんどの交通機関に当社製品が使われています。もともとは日本で初めて手織りの緞通(カーペット)を作った会社で、創業は明治16(1883)年。ちょうど渋沢栄一氏がご活躍の頃ですね。
渋澤
 日本で初めて銀行を立ち上げた渋沢栄一と同じく、当時のスタートアップ企業だったわけですね。スタートアップとしての存在感を伝えるために栄一はお金や人などの資本を“しずく”に例えています。一滴一滴は小さなしずくでも、たくさん集まればやがて大きな川となり、新しい社会を作る力になれる。彼は「日本資本主義の父」と言われていますが、本人はこれを「合本主義」と呼んでいました。
永田
 なるほど。「資本を合わせる」という意味なのですね。
渋澤
 そうなんです。渋沢栄一の有名な「論語と算盤」は、一見合いそうもない論語(道徳)と算盤(利益)を合わせることで、新しい価値を生みだそうという考えですが、彼には「あれかこれか」の「か(or)」ではなく「あれとこれ」の「と(and)」という基本姿勢があったと思います。「か」は、物事を選別して効率を高めるので分析や組織運営には不可欠です。ただ、それだけだと新しい創造(クリエーション)はできない。「か」で分断してしまうと、それ以上の化学反応が起きないからです。一方「と」は、「論語」と「算盤」のように一見矛盾していることや相反しているものを結びつけることで、新しい価値を生みだす可能性をもっています。この発想は、日本の技術と西洋文化の融合から生み出された「カーペット」にも通じるのではないですか?
永田
 確かにそうですね。明治期の日本は、西洋に追いつこうと様々なものを洋風化しました。カーペットもまさにその一つです。早くからこの分野に事業展開した当社は、帝国議会議事堂や迎賓館などで使われる高級絨毯の製造を任せられる一方、全国に普及が進む鉄道や船舶などの乗り物に使われる敷物やシート地などの内装品にも進出しました。明治半ばに大阪市電が敷設される際、大阪市の紋章である「みおつくし」の模様を織り込んだシート地を納めたところ、他地域から要望が殺到して「紋章入りシート地」が全国に流行したというエピソードもあります。
渋澤
 その後は自動車の内装分野などにもいち早く進出されていますね。
永田
 ええ、自動車分野は戦前の1931年にゼネラルモーターズやフォードに、シート地やフロア材などを納めたのが始まりです。さらに戦後の高度経済成長期にはアメリカから専用機械を輸入してカーペットの量産を開始し、高級品だったカーペットの一般家庭への普及にも寄与しました。
渋澤
 培った技術を活かしながら時代の流れやニーズに合わせて自社の強みを発揮できる分野を着実に増やして、事業領域を広げてきたわけですね。

時代を先取りした環境への取り組み

渋澤
 時代の流れということで言えば、日本政府は昨年「2050年までに温室効果ガスの排出を全体でゼロにする」というカーボンニュートラルの政策を打ち出し、民間企業にもCO2削減をはじめ環境への取り組みがますます強く求められています。そのあたりの取り組み状況はいかがですか?
永田
 実は当社では約30年前に「これからは環境の時代だ」と考えて、地球環境に配慮した製品づくりを開始しているんですね。
渋澤
 それはすごい。環境への意識というのは何がきっかけだったのですか?
永田
 当時、飲料容器として「ペットボトル」の普及が急速に進んだのですが、その一方で廃棄ペットボトルによる環境汚染が社会問題になりはじめました。そこで当社はポリエステルの糸を引く機械を購入し、ペットボトルのリサイクルチップを使った再生糸「スミトロン®」を1990年に開発してカーペットの表面糸に使用したのです。
渋澤
 90年と言えばバブル経済がピークの時。世の中がイケイケどんどんで浮かれていた時代にかなり先を読んだ戦略を実践していたのですね。明治初期に初めてカーペットを作ったように、御社には新しいことに積極的にチャレンジする社風が受け継がれているのでしょうね。
永田
 場合によっては少々早すぎるところもあるんですが(笑)。「スミトロン®」の開発後も1998年には「K(健康)K(環境)R(リサイクル)+A(アメニティ:快適さ)」を会社の開発理念として制定しました。私たちの事業領域である住空間、オフィス、ホテル、交通機関などの内装はどれも人と接するものなので、快適さだけでなく、健康にも環境にもよいものであるべきだと考えたのです。
渋澤
 様々な要件を満たしていこうとすると、技術開発もより大変になりそうですね。
永田
 そうなんです。最も大きな挑戦は「塩ビのリサイクル」でした。オフィスなどで使われるタイルカーペットの裏側には、塩化ビニルが使用されており、これまで埋め立て処分しか廃棄方法がありませんでした。そこで当社はこれをリサイクルできないかと考え、苦労の末、2011年に技術開発に成功しました。これは使用済みタイルカーペットを再生チップにして原料に使うもので、現在の再生材比率は最大84%に達しています。
渋澤
 循環型のリサイクルなのですね。日本の埋め立て地のキャパシティが限界に近くなっているなか、使用済みカーペットのリサイクルによって廃棄物削減に貢献しているわけですね。これにはCO2排出量を抑える効果もあるのでは?
永田
 おっしゃる通りです。リサイクルから生産まで一貫して行っているので原料輸送時のCO2排出が少なく、製造工程も簡略化できるためカーペット1万m2分でCO2が40~50t削減できます。リサイクル品が普及すればするほどCO2排出量を抑えられ、気候変動問題への貢献につながると考えています。またカーペットの表面についても環境に配慮して2020年から「染色」を止めています。
渋澤
 「染色を止める」?というのは、どういうことですか?
永田
 従来は織り上げた白地のカーペットを各色に染めていたのですが、これを織る前の糸自体に着色する方法に変更したのです。これによって製造工程でのエネルギー消費が減っただけでなく排水を綺麗にするためのエネルギーも削減できました。
渋澤
 なるほど。現在も色々なテーマに取り組んでいるのですね。
永田
 ええ。「漁業用ナイロン網のリサイクル」というプロジェクトも進めています。ナイロン網は生分解されないので海に流出すると生態系や環境に悪影響を及ぼします。これを回収してもう一度糸にする取り組みを協業企業や北海道の漁港組合の方々と協力して進めており、既に鞄やペンケースなどを作り始めています(→CSRレポートコラム 廃棄漁網の再資源化)。これが漁網をリサイクルした糸で作ったバッグです。
渋澤
 おしゃれですね!漁網だったと言われなければ分かりませんね。

サスティナブルな未来を見据えた成長戦略

渋澤
 渋沢栄一の「論語と算盤」というのは、今の言葉で言い換えると「サスティナビリティ」だと思うのですね。事業というものは「算盤勘定」なしには持続できませんが、自分の算盤(利益)だけを見ているような事業は長続きしない。そこに「道徳」があるからこそ、算盤が永続的に回り続ける。その意味で「道徳」は、栄一にとって「譲れないもの」だったと私は考えているのですが、御社にとっての「譲れないもの」とは何でしょうか?
永田
 人に接する部分なので、やはり「快適性」というものが根本にありますね。カーペットでは踏み心地や汚れにくさだったり。車のシートでは座り心地に加え、蒸れにくさという機能性もあります。人にやさしくというのがファブリックの根本ですね。
渋澤
 御社はいわゆる「100年企業」の部類に入ると思いますが、100年企業というのは100年間同じことをやっているわけではなく、伝統や古い貴重な技術を守りつつ、常に時代の変化に応じてどんどん進化することで生き残ってきた企業ですね。お話を伺っていると、伝統的な製品に新しい価値を付加していくことが成長の原動力になっていると感じます。現在はどんな変化や進化をしていますか?
永田
 一つは「空間ビジネス」です。オフィスのフリーアドレス化のように、今後の社会では空間そのもののあり方が変わっていくと思います。当社は今までカーペットや壁紙など「面」を彩る製品を作ってきたわけですが、そこにとどまらず、空間全体の設計・デザインにも事業領域を拡大しています。現在は商業施設の店舗がビジネスの中心ですが、ゆくゆくはホテルやオフィスなどにも事業を展開していくつもりです。
渋澤
 「空間」というのは人の感性や、エモーショナルな部分を刺激しますよね。人間は最終的にはアナログ的な感性の塊だと私は思っています。デジタル社会は情報を伝達する上では効率性を高めますが、ラストワンタッチと言いますか、最後はアナログじゃないかと。デジタル化が進んだ社会になればなるほど「空間」がより大切になっていく気がします。
永田
 自動車の車内空間などもさらに変わっていく可能性がありますね。ボタンを押せば勝手に目的地まで行くような完全な「自動運転」が実現すれば、自動車の中も高級ホテルのようなゴージャスな空間になるかもしれない。当社では住空間・商業空間・移動空間など、空間ごとに異なったアプローチで「快適さ」を提供してきました。そこで培った技術と知見を持ち寄るかたちで新たなカーインテリアのデザインを探求するプロジェクトを推進中です。
渋澤
 確かに完全自動運転の世界になれば、皆が前を向いて座る必要もないですからね。インテリアと自動車内装の両方を手がける御社だからこそできる事業ではないかと思います。

「見えない価値」の可視化

渋澤
 今まで伺ってきた御社の様々な取り組みは、事業戦略であると同時にESG(環境・社会・ガバナンス)と呼ばれるような、いわゆる非財務面の活動も含んでいたと思います。今後の企業成長に向けて非財務面で特に重視している要素は何でしょうか?
永田
 企業価値の向上を目指すなかで、やはり「人材」は非常に重要な位置づけにあると思います。毎年策定しているCSR計画でも人材を重要課題に定めていますし、今年発表した「中長期経営目標」でも従業員に関する項目を設定し、よりよい職場環境の実現や人材育成に今まで以上に注力していく方針を打ち出しています。
渋澤
 会社には可視化できる財務的価値と可視化できない非財務的価値があり、財務的価値はあくまでも氷山の一角であって、その下の見えていない部分が非財務的価値だと私は考えています。「人」はこの非財務的価値に含まれます。企業は「人」がいるからこそ未来すなわち「これからの価値」を作ることができる。その意味で企業は「どういう価値を生み出し、提供していくのか」を表現する際に「こういう人材がいるからできるんだ」と、人的リソースを前面に出すことも意識すべきだと思うのですね。
永田
 なるほど。そういう部分が見えていると投資家の方々にもきっと評価いただけますよね。
渋澤
 そう、通常は見えにくい部分の価値をきちんと見せられると「だからこの会社には将来性がある」という評価につながる。ただそういう「見えない価値」というのは数値化が難しいんですね。
永田
 確かに当社も「伝統」や、製品の品質を担保する「従業員」や「ノウハウ」について数値で見える化せよと言われたら、どうしたらいいんだ?と思ってしまいますね。
渋澤
 これは以前から私も投資家として悩んでいたことでした。ただ最近は、そこに必ずしも正しい数値を出す必要はなくて、「見えなかった価値を可視化するためにはどうすればいいのか?」と取り組む姿勢そのものが、企業にとって重要なんじゃないかと考えるようになりました。そうすることで自社の新たな課題に気づく可能性もあると思うのですね。
永田
 なるほど。そこを真剣に考え抜くことで、当社も色々なものが見えてくる気がします。

なくなっては困る製品=社会が求めている価値

渋澤
 実は、そうした情報を一番知ってもらうべきは、従業員の家族ではないかと私は思っています。自分がどんな会社で働いているのかを家族に理解してもらうことは、従業員自身とその家族の双方にとってとても大事です。従業員が快適に働き続けられることで、会社は持続的に価値を生み出し続けられる。結果的にそれが株主や投資家のためにもなるわけです。
永田
 その訴求方法の一つが、たとえばこのCSRレポートであるということですね。
渋澤
 投資家目線でもう少し言わせていただくと「事業環境の変化にきちんと適応し続けてきた」ことは、御社の重要な訴求ポイントだと思います。また今回の対談を機に私も御社製品に至るところでお世話になっていることに気づきましたが「なくなっては困る製品=社会が求めている価値」を、持続的に提供している企業であることも、より強く訴求していくべきではないかと思いますね。
永田
 アドバイスありがとうございます。見えづらい非財務的価値を可視化して、さらに高めていく努力が、結果的に財務的価値の向上と企業全体の価値の向上につながっていくということですね。これからもステークホルダーのみなさまにご理解いただける、適切な情報開示の方法を模索していこうと思います。本日はありがとうございました。

渋澤 健氏 プロフィールシブサワ・アンド・カンパニー(株)代表取締役、コモンズ投信(株)取締役会長・創業者。1987年、UCLAでMBA取得。米ヘッジファンドの日本代表などを経て、2001年にシブサワ・アンド・カンパニー(株)を創業。2007年、コモンズ(株)(現コモンズ投信(株))を設立し、2008年に会長に就任。